エネルギ-政策研究所長 山家公雄
米国で2025年7月4日に減税・歳出法が成立した。トランプ大統領の悲願である減税制度が延期され、膨大な財政赤字が更に膨らむことになるが、エネルギー政策への影響も大きい。グリーンニューディール関連予算が大幅に削減され、再エネ・EV・省エネ等の優遇措置が廃止になる。特に低コスト・短い工期の再エネ開発が滞ることになればデータセンター等で急増する電力需要を賄う供給力が不足し、2030年までに停電が頻発する。火力・原子力で賄うことは困難で政策の実現可能性が問われる。
減税・歳出法はエネルギー政策にも大きな影響
7月3日に米国下院は減税・歳出法案「1つの大きく美しい法案(通称One Big Beautiful Bill)」を議決した。トランプ大統領は独立記念日である7月4日に署名し、法律は成立した。
この減税・歳出法は、トランプ政権が最も重視する2017年減税制度の延長が核心である。減税規模は10年間で3.8兆ドル(約550兆円)と巨額であり、これに軍事予算増や不法移民対策等の赤字要因が加わる。メディケイド(低所得者向けの公的医療保険)、グリーンニューディール支出、食糧費補助の削減等を織り込むが赤字削減効果は限られる。米議会予算局(CBO)の試算では、10年間で財政赤字は3.3兆ドル(約480兆円)増加する。
エネルギー政策は大きな争点となり、歴史的な大変革となった。気候変動関連歳出は2034年までの10年間で5000億ドル(約73兆円)規模が削減される。IRA(インフレ抑制法)で導入された支援措置の多くは削減、適用期間は縮小された。目玉である税額控除(投資額の一定割合を法人税から控除)は2032年末までの適用が保証されていた。一方、石油・ガス・石炭の化石資源は最大限優遇された。本稿ではエネルギー政策の変革、その影響について解説する。
化石資源開発を最大限支援
石油・ガス事業は、連邦公有地・海域におけるリース契約を年間30ヶ所実現し、これを15年間続ける。また、使用料(ロイヤリティ)を免除する。CCS(二酸化炭素回収・貯留)事業は税額控除が適用されるが、CO2を圧入し原油回収率が向上する事業は、より優遇される。石炭は、連邦公有地にて400万エーカーの開発を進め、ロイヤリティを免除する。製鉄用の原料炭生産は税額控除の対象となる。石油業界等は「優先事項はすべて含まれた」と評価する。
クリーンエネルギーはIRA制度を大きく縮小・廃止
クリーンエネルギー(再エネ、原子力等の脱・低炭素)分野では、IRA制度の大規模な縮小と廃止が盛り込まれた。表1は、適用期間を主にIRAと減税・歳出法との差異を示したものである。①家庭用・自動車等の(小口)消費者向け、②発電設備導入、③革新製造等に3分類している。①に最も大胆な縮小処置がとられているが、大統領選挙運動時より明言されていた。②の風力・太陽光の税額控除の扱いが最大の焦点となった。IRAの恩恵は共和党が支配する州に大きく(寄与度約8割)、少なからず共和党議員からも適用除外の要請が出ていたが、予想を超える厳しい結果となった。他電源や③の革新技術等に係る税額控除の適用期間は、基本的に維持されている。以下、解説する。
表1.税額控除等の適用期間比較(IRA、減税・歳出法) /大幅に適用期間短縮

(出所)2025年減税・歳出法、2022年IRA(インフレ抑制法)を基に作成
自動車、省エネ関連優遇措置は早期廃止
家庭、事業所等の小口需要家へのクリーンエネルギーへの支援措置は、軒並み早期廃止となった。家庭用の省エネ機器は2025年末まで、省エネ住宅・ビルは2026年6月までとなる。EV購入補助金は、新車(7500ドル/台)、中古車(4000ドル/台)そして商業車は2025年9月末。家庭・商業用の充電ステーションに係る税額控除は2026年6月末。屋根置き太陽光発電への税額控除は、所有・リースともに2025年末で廃止となる。これらの消費者支援措置は、選択の自由および税金の有効活用の視点でかねてより早期廃止が予告されていた。
革新製造技術の適用は基本維持
IRAには、クリーン産業の創出も重視し、製造関連も優遇の対象に加わった。「革新製造技術」の税額控除制度は、国内製造業復活の切り札として多くの投資を集めてきたが、適用期間は、基本的に2032年末まで維持された。風車は27年末までと短縮されたが、重要鉱物開発は2033年末までの適用が認められ、鉄鋼用の原料炭が新たに追加された。
焦点の風力・太陽光発電の税額控除は原則2027年末で廃止、適用除外で火種は残る
クリーンエネルギーで最大の焦点となったのが、太陽光、風力発電の税額控除である。IRA以前から、党派を超えて長年制度が継続し、クリーンエネルギー開発を牽引してきた。生産減税(PTC、キロワット時発電量の一定割合を10年間法人税から控除)は1992年に、投資減税(ITC、初期投資額の一定割合を法人税から控除)は2005年に導入されているが、2022年8月に施行されたIRAにて2032年末までの継続となっていた。これが、原則2027年末までに廃止される。
これは、最後までぎりぎりの交渉となった。論点は適用期間、敵性国規定(懸念すべき外国の事業体の関与:Foreign Entity of Concern)である。敵性国規定は、IRAでは自動車用バッテリーの一部に適用されたが、全てのクリーンエネルギーに適用される。
適用期間であるが、下院案では「法律施行後60日以内着工、2028年末運転開始(運開)」と大幅に短縮し、かつ運開義務規定が入り、厳しいものとなった。上院案は「2027年末までに運開」とさらに1年短縮された。しかし、適用除外規定として「法律施行後1年以内(2026年7月)着工は運開期限緩和」が設けられ、着工後4年間の適用が認められた。下院最終案もこれを踏襲した。辛うじて当面の事業に関して救済される道が残ったのである。
敵性国規定は、中国等の事業主体が関与する場合は非適用とするもので、下院案は厳格で確認・順守が難しく「ポイズンピル(毒薬条項)」と称された。上院案では関与の度合いにより柔軟性が認められ、今後出されるガイドラインが注目される。
原子力、蓄電池等の安定・調整可能電源はフル適用
風力、太陽光以外のクリーン発電の税額控除であるが水力、地熱、原子力、蓄電池は2032年末まではフル適用で2036年までに段階的に縮小する。トランプ政権は、運転の安定性と出力調整可能性を評価しており、既存技術の原子力・火力は推進する。蓄電池は、下院案では風力・太陽光と同じ扱いで前倒し廃止の方向であったが、上院では調整可能性や送配電建設代替を含む多様な効果と新規性が評価され、「勝ち組」に入った。蓄電池は新規電源開発では太陽光に次いで大きく、再エネの安定性向上に寄与している。
エネルギー政策大変革の評価(功罪)
プリンストン大学のZERO研究所は、この法律の影響について厳格な敵国規定(すなわちゼロエミ電源新規開発はほぼゼロ)を前提に「10年間で電源・クリーン燃料投資は5000億ドル減少、追加発電容量は太陽光で140GWそして風力で160GW減少する。2030年の電気代は280億ドル増加する。」と試算する。
トランプ政権の考え方は次のように整理できる。石油・ガスの最大産出国としての強みを活かして開発を進め、国内価格を下げ、AI等の戦略産業の成長を促し、世界では戦略物資として活用する。再エネやEVの推進は、化石資源活用を妨げ、先行する中国を利する結果となる。省エネ・EVは消費者の選択を狭めエネルギー産業の活動を制約する。
一方で、反対意見は多い。環境悪化・健康被害増、コスト増、価格高騰、投資額と雇用数の減少、成長産業の競争力喪失(中国の市場支配を許す)等である。これは、実現可能性、持続可能性が疑われていることを意味する。
2030年までは再エネ・蓄電池が電力供給を主導、が現実
それではトランプ政権のエネルギー政策は、機能するのであろうか。米国内では「データセンター建設や国内産業回帰等により電力需要が大きく増えるが、ゼロエミッション電気への期待は大きく、暫くは安価で開発量が圧倒的に大きい再エネに頼らざるを得ない。」との見方が多い。独立系シンクタンクのエネルギーイノベーションは「向こう5年から10年は再エネと蓄電池に依存する。」とする。
7月7日に、米国エネルギー省(DOE)は、2030年までの電力需給見通しを発表した。需要は101GW増加するが、内訳はAI・データセンター50GW、その他51GWである。一方供給力は、2024年末時点で確実に見込まれる新規供給量は209GW、廃止予定量は104GWであり、その結果105GWの純増となる。追加209GWの内訳は太陽光124GW、風力32GW、蓄電池31GW、ガス20GWと約9割が再エネ・蓄電池である。廃止104GWの内訳は石炭71GW、ガス25GWである。
エネルギーイノベーションは5~10年は再エネ・蓄電池依存が続くとみる。DOEは2030年の需給に関し、開発が確定している電源は再エネ・蓄電池が殆どであるが、追加分は火力発電で賄うべきと考えている。
現実はどうなのか、全米最大の電力会社である「ネクステラNextEra」の発言は説得力がある。同社は北米で再エネ・蓄電池事業を展開し、地元のフロリダ州で1200万人に供給する。同社のジョン・ケッチャムCEOは、少なくとも2030年までは再エネ・蓄電池が主役になると強調する。「再エネ・蓄電池は、膨大な開発計画を抱え、低コストで、接続から運転開始までの期間(リードタイム)が短い。ガス火力の建設コストは2028年までに3倍になる。新規原発の稼働は早くても2030年代後半、ガス火力はタービン等の供給制約で新規運転は2028年以降となる。」と語る。リードタイムについては「太陽光12ヶ月、陸上風力18カ月であるが、ガス火力は4年半から7年へ延びる。」とする。
また、市場機能が進む米国では、燃料価格により発電量が決まる。いくら化石資源を開発しても火力発電は燃料価格ゼロの再エネ発電に運転では劣後する。再エネの勢いを止めることは強制することなしには不可能といえる。
トランプのエネルギー政策は停電・価格高騰を招き、持続可能でない
米国で7月4日に成立した減税・歳出法は、エネルギー政策としては化石資源開発を最大限優遇する一方で、再エネ・省エネ・EV等のクリーンエネルギー予算を大きく減らした。特に、再エネの主役である太陽光・風力は税額控除廃止、中国事業者が関わる事業の排除等により、新規開発不可能となる事態も想定される。しかし、ガス火力はコスト急騰、工期延長に見舞われており、原子力の新設は2030年後半となる中で、再エネを代替することは不可能である。データセンター等で需要が急増する中で電力不足・停電、価格高騰は必至であり、トランプのエネルギー政策が持続可能とは考えられない。税額控除は再エネ適用除外が設けられ、蓄電池は無傷で残り、革新製造事業は軽微な後退に留まった。遠くない時期に反転攻勢すると予想する。
キーワード:米国、トランプエネルギー政策、減税・歳出法、IRA、税額控除
山家公雄 略歴
1956年山形県生まれ。1980年東京大学経済学部卒業後、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。電力、物流、鉄鋼業界等の担当を経て環境・エネルギー部次長、調査部審議役等を歴任。2009年エネルギー戦略研究所㈱取締役研究所長、2012年山形県総合エネルギー政策顧問、2014年京都大学特任教授、2025年(一財)海外投融資情報財団に就任。2023年10月より現職。主な著作に「再生可能エネルギーの真実」、「日本の電力改革・再エネ主力化をどう実現する」「テキサスの電力市場・電力システム」などがある。


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